忠臣蔵 花の巻 雪の巻

(C)1954 松竹
元禄十四年三月、勅使接待役浅野内匠頭は高家吉良上野の侮辱をうけ、ついに殿中で刃傷に及んだ。目付役多門伝八郎の正論にも拘らず、幕府は一方的に浅野の非を責め、、即日田村邸で切腹の上、家は断絶となった。知らせを受けた赤穂では城代家老大石内蔵助のもとに幾たびも総登場の会合が開かれる。中小姓の毛利小平太は許婚しのと別れて仇討の同意に参加する。城を開渡したのち、大石は山科に居を構え、遊蕩にふけると見せて、お家再興を計っていた。江戸の同志からは幾度も仇討ちを決行せよとの声が上る。内匠頭の弟大学を推して浅野家の再興を志す願いも破れ、大石は妻子をその郷里に帰し、長男主税をつれて江戸へ下る。岡野金右衛門は本所の吉良邸近くに雑貨屋を開き、吉良家の女中おつやに恋をささやき、邸内に出入りして屋敷の間取りを探る。そのころ小平太は闇の女に身をおとしたしのに出会った。憎みながらも離れられない二人であった。元禄十五年十二月、大石以下は周到な計画のもとに吉良邸を襲撃したが、病身のしのにすがりつかれた小平太は、ついに姿を見せなかった。吉良邸では、おつやが上野が炭部屋にかくれていると金右衛門に告げ、吉良の付人井狩の刃にかかって死んだが、四十七士は見事に上野の首をあげ主君の眠る泉岳寺に引揚げ、墓前に仇討の報告をした。

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